翔ぶが如く〈8〉 (文春文庫)ISBN:9784167663025
著者:司馬 遼太郎
価格:¥ 570
レーベル:文藝春秋
制作:文藝春秋
出版社:文藝春秋
メーカー:文藝春秋
売上ランキング:8061
評価:
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(2010/09/11 05:06現在 )
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西南の役、緒戦・・・・!!西郷暗殺の非を世に鳴らし、時の太政官政府、というより大久保一派に対し
異を唱えるため、西郷隆盛を擁する鹿児島・私学校は決起します。その数およそ3万。 薩摩隼人の勇猛ぶりは上古から膾炙している如くです。 寄せ集めの平民から成る政府軍など、一溜まりもないとこの時期のだれもが、 薩摩軍の勝利を疑いませんでした。この西郷の挙兵が奏功し、 東京の太政官を陥れたら、その戦火は日本の津々浦々へ飛び火する・・・・。 と思われていました。 ただ、この挙兵に当たっての西郷のスタンスは陣頭に立つわけでもなく、 シンボルとしての役割のみであることです。これは不可解でしたね。 そのチグハグさは熊本における彼らの軍事行動にも如実に現れています。 戦略がなきに等しいので、統一した作戦行動をとれず、序盤こそ、 乃木希典の14連隊を屠りますが、高瀬の戦では本格的に敗退してしまいました。 当時の太政官の政治がいかに不評だったかリアルな余談で 司馬先生も浮き彫りにしてくれます。 しかし、これほど精強で戦略思想がない戦闘集団も珍しいかもしれません。 西郷も戊辰戦争の指揮ぶりとは別人のようです。 少なくとも、大久保・川路には国家像があって、方法論には 問題はありますが、時代をシフトさせる果断さは持っていたように思います。 次巻はいよいよ‘田原坂’のくだりです。 田原坂、今では車で5分もあれば通り過ぎます田原坂の戦闘とその後の敗走に関して調べるために購入しました。よく分かりました。
第8巻では、西郷隆盛が、愚鈍に描かれていてちょっとかわいそうですね。 指揮官の役割兵の質や量は圧倒的なのに運用をことごとくミスして
自滅する薩摩軍の姿が印象的です。 指揮官は個人の勇気や能力をアピールするよりも、 一歩引いて大局をみる目が必要であるという点、 現代にも通じるところがあると感じました。 西南戦争開戦、序盤の攻防薩摩不平士族の不満が爆発し、ついに西南戦争が開戦。太政官政府というよりも大久保利通個人への不満と憎しみが濃厚にでた、いわば薩摩内部の私闘、とも位置づけられるかもしれない西南戦争。それ以外の人たちを巻き込んで日本最後の内戦が始まります。
ここで特に強調されるのは、薩摩が大戦略をもたずに個々の戦闘を行っていく点。熊本城の政府鎮台を「いらさぼう(青竹)でひとたたき」と語った桐野利秋、城攻めの戦術を聞かれて「押して押して押しまくるだけ」と答えた篠原国幹。男気はあっても戦略がなく参謀的存在もいない状況が哀しく感じられます。 また、興味深いのは若き日の乃木希典の書かれ方。司馬は、「殉死」にしても「坂の上の雲」にしても、とにかく乃木という神格化された人物の能力を徹底的に冷静にみて客観的に評価(つまり軍人として無能であったと)していますが、本巻でも同様で、児玉源太郎(が極めて有能であったこと)との対比も際立って描かれています。 日本史史上最後の「関ヶ原」開戦 西暦1600年の「関ヶ原の合戦」は日本の歴史を左右した一戦のひとつだ。その点でいうと、本作品の「西南戦争」は「関ヶ原」に当たるといえる。
読んでいると「関ヶ原」と似ている点が多々ある。徳川家康と石田光成ほどではないが、この二人には西郷隆盛、大久保利通という二人の人物が当たる。そして、局地戦が戦いの重要な位置につけている点など、相違している点はたくさんある。司馬遼太郎「関ヶ原」を読んだことがあるのならそう思うことが多く感じることが多いだろう。 次はいよいよ第9巻。日本の歴史史上最後の「関ヶ原」の結末を見届けたい。 |
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西南の役、緒戦・・・・!!
指揮官の役割